スペシャルインタビュー
リーダーは言葉で部下の心に火を付けるべし
元警視総監
井上幸彦 氏
Interviewer
おふぃす文筆
代表・ライター
八尋修平 氏
数々の重大事件に対峙、「逃げるな、避けるな、諦めるな」がモットー
今回は、オウム真理教事件の捜査を指揮したことでも知られる元警視総監の井上幸彦さんにご登場いただきます。PRESIDENT STATIONの支局「PRESIDENT STATION福岡」のエグゼクティブプロデューサーである妹尾八郎氏が代表を務める髙光産業株式会社(福岡市)の顧問でもあります。1937年11月のお生まれで山梨県のご出身です。京都大学法学部を卒業後、警察庁に入庁されました。警察を目指されたきっかけから教えてください。
大学在学中に将来のことを考えました。父親が山梨県警の警察官だったこともあり、ごく自然な形で国のため、世のため人のために尽くせるものとして警察の道を選びました。
警察官僚として長くご活躍されましたが、中でも印象に残っている出来事は何でしょうか。
主に3つあります。1973年8月8日に発生した金大中事件、1989年の昭和から平成への御代替わり、そして90年代半ばのオウム真理教との戦いですね。
金大中事件は、後に韓国大統領になる金大中氏が東京のホテルから拉致された事件ですね。
私は当時、警視庁公安部外事第二課長として捜査に当たりました。また、御代替わりの時は、警視庁警備部長として大喪の礼の警備を担当しました。
1994年に第80代の警視総監に就任されましたね。
はい。警視総監時代に、地下鉄サリン事件といったオウム真理教事件の捜査を指揮しました。
いずれも歴史の教科書に載っていたり、日本全国の人がテレビや新聞を通じて目の当たりにしてきたものです。最前線で対応に当たられていたこれらも含めて、警察時代を振り返るといかがですか?
警察庁にキャリア官僚で入って、周囲からは期待されていました。私は常に、与えられたポストを国のために腹を据えて精一杯やり遂げるという気持ちでいました。 このようなときに、ややもすれば「失敗したらどうしよう」と怖がって、気持ちが逃げている人たちが多い。これが一番駄目ですね。先のことばかりをあれこれ考える。そういう人が失敗するわけです。 フランス語にも「ノブレス・オブリージュ」という言葉があります。高い社会的地位にはそれに伴う義務があるという意味です。与えられた局面の中で自分に何ができるのか、そのことを考えるべきです。その際にも、腹が据わっていないといけません。刻々と状況が変わる中でうろたえていたら、正しい行動はとれません。
腹を据えるにはどうすればいいものでしょうか。
それぞれの置かれた立場でひきょうな行動をしない、逃げない。そういう気持ちを常に持つことです。そうすると、だんだんと鍛えられていく。 私は機動隊長を務めていたとき、部下を守り、部下と一緒に行動をしました。そうしていると自分の腹も練れてくる。もしも隊長の私がうろたえるような人間ならば、部下に「なんだこの隊長は」と思われてしまう。そういうときこそ泰然自若でいる。そのように自分自身を鍛えていくことだと思いますね。
重大事件に対峙されてきて、心が折れそうになった瞬間はありませんでしたか?
なかったですね。
なぜそんなに強くいられたのでしょうか。
やはり責任感です。与えられたポストで、自分に何が期待されているのか、また、最善を尽くすには何ができるのかを考えること。前に述べたように先のことを考えると、その瞬間々々で無理をしなくなります。 私は、「逃げるな、避けるな、諦めるな」をモットーにしています。いざというときに逃げる人が多いですね。逃げる、避けるというのは、災難が自分の方に来ないように体をかわそうとすること。それではいけません。そして、困難なことがあっても「もうだめだ」なんて思わないこと。諦めてはいけない。
これらは理想のリーダー像にもつながりそうですね。
どんな組織であれ、リーダーはひきょうな態度をとらない。逃げない。変な言い訳をしない。そうあるべきです。
では、今からリーダーになろうとしている人たちにメッセージはありますか。
本を読むことですね。特に人間学という言葉があるくらいですから、自分を磨くための本を読めば、そこからさらに自分自身に磨きをかけていくことができます。例えば『致知』という雑誌で安岡正篤さんの著書がよく紹介されています。自分でできる経験、体験には限りがありますから、本を通して、そういった先人の経験に触れると、「この人はこういうことをやったのか。そういう局面になったら自分もそうしよう」といった具合に学ぶことができます。 私も本を読みますが、特に警察の社会は、部下への訓示をはじめとして人に向けて話す機会が多くありますから、そのときに参考になります。訓示の際は相手の心に響くことを話さないといけません。例えば、就任の訓示の場合でも、何も意識をしないとただのあいさつで終わってしまいます。通り一遍のことを言っても駄目です。 私は第6機動隊長に就任したとき、訓示の際に、部下の心に火を付けようと思い、引き合いに出したのが三島事件の三島由紀夫でした。三島事件は、1970年11月25日に作家の三島由紀夫が陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で、自衛隊に憲法改正のために立ち上がることを呼び掛け、その後に割腹自殺するものです。三島は東部方面総監室前のバルコニーから自衛官に決起を訴えますが、馬鹿にされ、罵倒された。彼は「そんなことではいけない」と自衛隊に失望しました。 以上のことを引き合いに出し、私は訓示で「国を守るのは自衛隊もそうだが、警察もそうだ。最前線で治安を守る。これが警察、そして機動隊の仕事ではないか」と呼び掛けたのです。そうすると、やはり部下の心に火が付くのです。
言葉で部下や仲間に訴えるのは、どのような組織であれ、人の上に立つ者にとって大事なことですよね。
聞き手の琴線に触れることが大切です。やっぱり心に火を付けないと。
警察時代のことは現在でもさまざまなところで講演されているとか。
依頼が舞い込んでくるので、できるだけ受けるようにしています。特にオウム真理教事件は風化させてはいけませんからね。
そのほか、公益財団法人日本盲導犬協会理事長や経済団体会長、多数の企業顧問を務めていらっしゃいます。
日本盲導犬協会の理事長は20年間務めています。また、私が会長を務める新世紀産業研究会は、これまで約70回の例会を重ね、各界から専門家や著名人を講師として招いています。先日もウクライナ出身の国際政治学者であるグレンコ・アンドリー氏に、ウクライナを取り巻く現状について講演していただきました。
御年85歳を超えられても、日々精力的に活動されていますね。
時間を持て余すことはありません(笑)。ゴルフもしますし、毎晩お酒も嗜みますが元気です。